【405】阿久悠さん死去

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作詞家の阿久悠さんが亡くなりました。この人がいなければ、日本の歌謡曲は成り立たなかったと言っても過言ではないでしょう。作詞家がいて、作曲家がいて、歌手(うたいて)がいる。それぞれが職人として仕事をする。それが日本の歌謡曲のスタイルでした。近年、自分で詩を書き、曲を作って歌う、所謂シンガーソングライターが増えています。その方が自分自身の気持ちをストレートに表現できる、という見方もありますが、プロの職人の仕事というのは忘れられてはならないと思いますね。

阿久悠とよく対比されるのが松本隆。松本隆は元々ミュージシャン(エイプリル・フール、はっぴいえんど、等)で、どちらかと言うとソフトで情緒的な歌詞が多いかなと思います。それに対して阿久悠は広告代理店のサラリーマン出身で、言葉のインパクトで人を引きつけるのが非常に上手い、という印象です。作詞家というか、コピーライター的な部分もあったのかもしれませんね。

> 人は人と別れて あとで何を想う
> 鳥は鳥と別れて 雲になる 雪になる
> 私の心が空ならば 必ず真白な鳥が舞う
> 鳥よ 鳥よ 鳥たちよ 鳥よ 鳥よ 鳥の詩

ご冥福をお祈りします。

コメント(2)

新聞に阿久悠が作詞した曲が数十曲列挙されていましたね。
ほんとうに多種多様。
ひとりでこんなにいろんな詩を書いたひとは
いないのではないか。

ぼくはカラオケで歌うとき、
できるだけ歌詞をおぼえて
画面の歌詞を読まないようにしています。
その分、歌詞の意味を考えることが多い。

はっとさせられる言葉が多いですよね、阿久悠の歌には。
「うそでも 抱かれりゃ あたたかい」 とかね。

(有名人なので敢えて敬称は付けませんでした。
これはぼくの流儀です。小椋佳にも「さん」を
つけません。もちろん本人と話すときは、さん付け
で呼びますが、まだその機会がない。)

>岩本さん
そうなんですよ。こちらにもその一部が列挙されていますが、本当に多種多様。

作詞や文学の才能のある人というのは、いろんな立場に感情移入することが出来るんだと思います。だから男性なのに女性の心を書けたり、東京出身なのに盆帰りのことが書けたりするのだと思います。

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このページは、もりもりが2007年8月 1日 23:50に書いた記事です。

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